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Photo by 小松 稔
禁欲の逆説的エロス
フェティッシュなコスチュームと化したごとき尾藤敏彦のオブジェには、支配と隷属というサディスティック、あるいはマゾヒスティックな往還運動の感覚は消去されていて、やわらかな皮膚そのものが、拘束のコルセットであるという逆説を気付かせてくれる。
この拘束具は、金属の媒介によって、血のながれるのを防禦している。皮膚の起伏の表情とは、骨格や筋肉や血管のざわめく都市の構造を皮膜で彩っているが、尾藤敏彦の世界では器官を望郷する静謐のコスチュームが現前するのだ。
それは蠟型鋳造の錬金術によって、生々しい肉体の暗闇にひそむエロスがひき剥がされる時間を体験したのちに、物体化され、宙吊りにされた廃墟の美として復活をもくろむのである。
それは乳房や性器に目がそそがれているにもかかわらず、まことに禁欲的な世界の開示となる。そのストイシズムは、多分、尾藤敏彦のダンディズムの美学とかかわっているのだろう。
それは肉体のかなしみを極度に抑制したエロスの制服、透明な闇のなかに光る記号化された十字架といったことばを、わたしにもおもいつかせる。さもあらばあれ、惨劇はひそかにおこなわれたのだ。
この拘束具は、金属の媒介によって、血のながれるのを防禦している。皮膚の起伏の表情とは、骨格や筋肉や血管のざわめく都市の構造を皮膜で彩っているが、尾藤敏彦の世界では器官を望郷する静謐のコスチュームが現前するのだ。
それは蠟型鋳造の錬金術によって、生々しい肉体の暗闇にひそむエロスがひき剥がされる時間を体験したのちに、物体化され、宙吊りにされた廃墟の美として復活をもくろむのである。
それは乳房や性器に目がそそがれているにもかかわらず、まことに禁欲的な世界の開示となる。そのストイシズムは、多分、尾藤敏彦のダンディズムの美学とかかわっているのだろう。
それは肉体のかなしみを極度に抑制したエロスの制服、透明な闇のなかに光る記号化された十字架といったことばを、わたしにもおもいつかせる。さもあらばあれ、惨劇はひそかにおこなわれたのだ。
ヨシダ・ヨシエ(美術評論家)
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